この記事は、S&Pグローバル・レーティングから独立したS&Pグローバル・マーケット・インテリジェンス部門によって執筆、発表されたものです。 S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスのクレジットスコアは、S&Pグローバル・レーティングより発表される信用格付けと区別するために小文字を使用しています。
サマリー
S&Pグローバル・レーティングの発行体信用格付け(ICR:Issuer Credit Ratings)は企業が債務を期日通りに全額返済する意欲と能力を評価している。この格付けは、定量的考察[1]と定性的考察[2]の両方を含むクライテリアに基づいており、さらに委員会による審査を受ける。また、S&Pグローバル・レーティングは一部のICRに関して今後見込まれる変更の方向性を示す情報(クレジット・アウトルックやクレジット・ウォッチなど)を提供しているが、[3]信用格付けは随時更新される可能性があり、アセットマネージャー、リスクマネージャー双方にとって格付けの更新は重要な意味を持つ。
- アセットマネージャー:ファンドの投資ユニバースは多くの場合、信用格付けの下限を定めることにより範囲を限定しており、投資家に対しファンドが引き受けるリスク許容度を明確に示している。したがって、アセットマネージャーはポートフォリオを構築またはリバランスする際に、継続的に投資家の期待に沿えるよう、また潜在的な裁定機会を捉えられるようにポートフォリオ全体の信用リスク特性を把握することが重要になる。
- 信用リスクマネージャー:信用格付けの投資適格級への、または投資適格級からの変更は、信用リスクポートフォリオに含まれる企業[4] のリスク・プロファルに多大な影響を及ぼす可能性があると同時に、国際財務報告基準(IFRS)や現在予想信用損失(CECL)基準に基づく予想信用損失の算出においても同様の影響を及ぼす可能性がある。
本リサーチでは、S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスが開発した統計モデルを活用し、どのように潜在的な信用リスクの悪化や改善の早期警告シグナルを生成し、ポートフォリオのリバランスにつなげる活用ことができるかを説明する。
CreditModel™ Corporates 3.0
S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスは、S&Pグローバル・レーティングによる企業のスタンドアローン評価(SACP)[5]を基に推定された定量モデル、CreditModel™ Corporates 3.0(CM3.0)を開発した。CM3.0は、格付けされた企業のSACPと統計的に一致することを目指すクレジットスコア[6]を算出し、また一定の売上高規模を超える非格付企業に用いることも可能である。CM3.0のクレジットスコアはS&Pグローバル・レーティングと同じスケールで表されるが、実際のS&Pグローバル・レーティングにより発表される信用格付けと区別するために小文字で表記されている。
さらに、親会社や政府機関によるサポートがある場合は、それを加味しCM3.0のスコアを調整でき、表1にある通り、北米に本拠を置く格付済みの非金融企業を対象とした場合、モデルの出力結果は28%のケースでS&Pグローバル・レーティングのICRと統計的に一致していた。[7] ICRは厳密に定量化できない定性的な側面を含んでいるため、統計モデルに関して予想されるとおり、格付けは完全一致(すなわち100%のケース)には至らない。いずれにしろ、CM3.0は1ノッチ、2ノッチ、3ノッチ以内で高い一致率を維持している。
表1:CM3.0北米非金融企業のパフォーマンス(親会社・政府機関のサポート調整後)
興味深いのは、CM3.0の調整後スコアが実際のICRと3ノッチ以上離れているアウトライヤーがある程度(約12%)存在することである。こうしたグループには、いかに技術的にモデルの性能を向上させたとしても存在すると考えられる。ここで、2つの疑問が浮んでくる。
- 定量的モデル固有の限界とは別に、このようなアウトライヤーが存在する、何か理由があるのではないか?
- このようなアウトライヤーを用いて信用リスクの潜在的変化の早期警告シグナルを生成し、ユーザーのために活用できるのではないか?
調査結果
図1は、t時点で調整後CM3.0スコアがS&Pグローバル・レーティングのICRからxノッチ乖離する企業に関して、ICRが変更される過去の頻度を表している。例えば、+1に対応する棒グラフは、t時点でCM3.0のスコアがICRのスコアより1ノッチ高かった企業につき、t時点から1年以内(左図)または5年以内(右図)にアップグレード(緑)もしくはダウングレード(赤)された、または据え置かれた企業の内訳を示している。このデータセットは2010年から2021年の間に格付けを付与された米国およびカナダに本拠を置く企業を対象としている。
図1:格付けのダウングレード、アップグレード、据え置きの比率
ノッチ差が拡大すると、特定の期間内にICRが変更される可能性は高まる。図1から見てとれるように、アウトライヤー企業(3ノッチ以上の差がある企業)は、アップグレード(+3以上のノッチ差)またはダウングレード(-3以下のノッチ差)される統計的な確率が80%近くであるため、特にサーベイランスの対象とするのに適していると言える。
表2は、図1のプラスまたはマイナスのノッチ差について、格付け変更以前の格付けにおけるアウトルック/クレジット・ウォッチ別の割合を示している。
表2:CM3.0のスコアに近づく変更があった格付けのアウトルック/クレジット・ウォッチ
結論
信用格付けの安定または変更はリスク管理や投資を行う上で重要である。本リサーチでは、S&Pグローバル・レーティングのICRに統計的に一致するように構築された定量モデルを用いることによって、このモデルから生じる数学的なアウトライヤーの存在を適切に活用してリスクサーベイランスを自動化し、潜在的な投資機会を特定できることを示した。
過去のデータの実証分析によると、モデルのスコアと実際のICRが大きく乖離している場合、S&Pグローバル・レーティングが時折立てるアウトルックまたはクレジット・ウォッチのフラグよりも高い確率で格付け変更が行われている。当然のことながら、これらのシグナルは本質的に統計的なものであり、確定的に格付け動向を予想できるわけではない。
今後の分析では、格付け変更が株価に影響を与えることが知られているため、上記と同じ手法を株式の銘柄選択に活用して一定のベンチマークに対する超過リターンを得ることができるか、できる場合にはどのように適用すればよいかを考察する予定である。
S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスについて
S&Pグローバルマーケットインテリジェンスは、正確で深く、洞察に満ちた情報の重要性を理解しています。弊社の専門家チームは、比類のないインサイト、最先端のデータおよびテクノロジーソリューションをお届けし、お客様のパートナーとして、視野を広げ、確信を持った業務の遂行と意思決定をサポートします。
S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスは、S&Pグローバル(NYSE: SPGI)の一部門。世界の資本市場、コモディティ市場、および自動車市場において、信用格付け、ベンチマーク、分析、およびワークフローソリューションを提供する世界有数のプロバイダーとして、グローバルのお客様の成長発展を支援します。
詳細については、www.spglobal.com/marketintelligence/jp/ をご覧ください。
[2] 国別リスク、産業別リスク、競争力、競合他社比較分析、経営の質など
[3] 参考までに、アウトルックがネガティブ/ポジティブな企業にとって今後6ヵ月から24ヵ月の間に格付けがダウングレード/アップグレードされる確率は3分の1。クレジット・ウォッチがネガティブ/ポジティブな企業にとって今後3ヵ月の間にダウングレード/アップグレードされる確率は2分の1。例として、S&Pグローバル・レーティングの「 Guide to Credit Rating Essentials」(2019)を参照のこと。
[5] 企業のSACPは、親会社または政府機関のサポートを考慮する前の発行体信用格付けです。
[6] S&Pグローバル・レーティングはS&P グローバル・マーケット・インテリジェンスによって算出されるクレジットスコアの作成に寄与も参加もしておりません。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスPDクレジットモデルスコアは、小文字の表記によって、S&Pグローバル・レーティングにより発表される信用格付けと区別されています。
[7] 2003年から2017年の間に格付けされた一意的な2,801社からなるトレーニング用サンプルに基づき評価したもの